20221020

先週は会社の人が突然来て、役所で婚姻届の証人欄に、名前を書かされました。

サービス精神の高いB型の隊長が先に書き、勝手に自分も追従させられ、後で「確認しませんでしたが、初婚じゃなかったら書きたくなかったです」と、ハッキリ言いました。

隊長は「俺はバツイチだけど・・・」と告白され、硬い人間だなと思われたようです。

今は旧統一教会問題もあり、キリスト教徒と勘違いされるのも面倒ですから、それ以上は言わずにモヤモヤだけが残りました。

頼んできた人は、何の手当てもないし会社に知られたくないと言ってましたが、空間内の者による干渉での偶然感が拭えませんでした。


駐車場で交通誘導をするようになってから、多くの年配ドライバーの現実を見ます。

敷地内にバス亭がある為に、一方通行ルールになってるのですが、多くの年配の方が逆走します。

車でもバイクでも、面倒からショートカットを選択して、ルールを順守する方々を驚かせています。

アクセルを踏むか回すかするだけなのに、遠回りする事に心が折れるのを見ると、創造主は人に対する早い老化に、何を望まれているのだろうかと、考えてしまいます。

旧約聖書時代の者たちは、不便な文化の中でも百年以上生きてましたが、単に現代人の劣化が進んでいるだけなのか、長い老いの時間には謎が残ります。

歴史的に見ても恵まれた老後を送れる現代人でも、若者のような吸収力や高い集中力は、老化による肉体の縛りから容易ではなく、三十代前半で去ったイエスからも、駆け抜けるような人生こそが、創造主が描かれた遺伝子プログラムなのかとも、思ってしまいます。


また市役所時代から、様々な症状で来られる全ての世代の方々を見て思うのが、理性に関する前頭葉部分の謎です。

前頭葉の働きが鈍い人が、善悪の基準が損得や好き嫌いになっても、それは至って自然な事ではないのかという点です。

キリスト教徒盗賊団などは理性の強弱ではなく、教義やクリスチャンの定義などで線引きをして、闇の燭台の盗みの権威に負けたようですが、このような思い込みによる思考停止での善悪崩壊ではなく、前頭葉の劣化や老化によって理性の低下した人が、『イエスの例え話』に退けられた者たちなのかと、本当に考えさせられます。

脳の機能と大きさの恩恵こそが、人間と他の生物との明確な違いであり、犬や猫に善悪を説いても反射で躾る事しか出来ませんから、人間の存在の特別性を脳が表している事からも、全ての人間の脳が高いレベルで平等ではないのは、本当に純粋な目で地上を見る事の難しさを、痛感させられます。

生まれつきや後天的な脳機能低下によって、高い理性と善悪が望めないのであれば、純粋な欲望の支配下に置かれる事は自然な事ですから、人の可能性に夢見ていた八陽火としては、かなり重い現実として正直に失望で一杯になります。


現時点では、やはり見張りの者たちとシオンの娘たちの為の試しの場というのが、地上の感想です。

ならば高いレベルで空間内の存在に気付かない、人間に存在する強い縛りも理解できますし、その視点を認めない三分の一の寝ずの番人の軍勢の末路も、大いに納得できますから。


ハレルヤ