20220104
年末年始は久しぶりのまとまった休みでしたが、早い引っ越しを望んでるために、元旦の阿蘇ツーリング以外は、荷造りに費やされました。
ダンボールで20個近くになりそうで、7年間で得た財産に呆れました。
ですが音声過敏症?の隣人が、元旦以外は仕事だったので、気兼ねなく作業が出来て、良い導きにあると前向きになれます。
最も、引き戸を幾度となくバンッと感情的に閉めて、近所に八つ当たりをアピールした隣人ですから、案の定アパート全体でやり返し合戦が起こり、狭く壁の薄い1Kの逃げ場の無さに、本当にウンザリしました。
まあ、年末年始は引っ越し準備にあてると決めてたので、少しは気持ち的には楽に受けとめられましたが。
主こそ王。
全地よ、喜び踊れ。
多くの島々よ、喜び祝え。
密雲と濃霧が主の周りに立ち込め、正しい裁きが王座の基をなす。
火は御前を進み、周りの敵を焼き滅ぼす。
稲妻は世界を照らし出し、地はそれを見て、身もだえし、山々は蠟のように溶ける、主の御前に、全地の主の御前に。
天は主の正しさを告げ知らせ、すべての民はその栄光を仰ぎ見る。
すべて偶像(血を流す聖母マリア像=ラハブ・ヨハネ黙示録17章6行)に仕える者、むなしい神々(宗教神)を誇りとする者は恥を受ける。
神々はすべて、主に向かってひれ伏す。
『シオンは聞いて喜び祝い、ユダのおとめらは喜び踊る、主よ、あなたの裁きのゆえに。』
あなたは主、全地に君臨されるいと高き神。
『主を愛する者は悪を憎む。』
主の慈しみに生きる人の魂を主は守り、神に逆らう者の手から助け出してくださる。
神に従う人のためには光を、心のまっすぐな人のためには喜びを、
種蒔いてくださる。
神に従う人よ、主にあって喜び祝え。
聖なる御名に感謝をささげよ。
(詩編97章)
キリスト教徒を増やせば、闇の権威を受け入れた事が清算されるという、誤った救いに巻き込まれてはなりません。
そんな人造の希望は無く、シンプルに光か闇かの対極の道を、明確に見据えて判断すべきです。
王をイエスかサタンかとするのが、人生の問われてる事なのですから。
闇の燭台に集い、寝ずの番人を担当とする事のないよう、強く願うばかりです。
自由の使い道が問われ、強制も洗脳も光側は行えませんから。
アーメン
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